我が国が大陸から引き揚げて60年以上の歳月が流れた。明治以来、国家存亡の生命線となった満州。我々日本人にとって満州は特別な地である。私はかねてから満州の地で眠る先人たちに感謝の意を伝えたいと考えていた。国家の威信と存亡を賭けた戦い。そこで先人たちは何を考え、何をしたのか?とにかく「百聞は一見にしかず」である。一度その大地を踏みしめようと思い立ち、年末年始の休みを利用して満州に行ってきた。今日から何回かにわけて連載していきたい。
今回の旅には2つの「旅」があった。1つは文字通り、空間を移動する旅である。人に触れ、生活に触れ、飲み食いをする。旅の醍醐味とはそうしたところにある。しかし、今回の旅はそうしたことだけではなかった。時間をさかのぼる旅。そういう旅でもあった。行った先々で歴史に思いを馳せる。それは私にとって大きなことであった。
成田から三時間、大連周水子空港に着き、私は現地のツアーに参加し、旅順へと向かった。旅順は現在も軍が使用していて、基本的には現地のツアーに参加しないと観光することができない。そのため私は現地のガイドさんと共に旅順を見て回った。
私がまず訪れたのは東鶏冠山北堡塁である。ここは後述する203高地と共に日露戦争の最大の激戦地となった場所である。日清戦争から10年、不凍港を求めじりじりと南下するロシアの勢力に我が国は恐れおののいていた。すでにこの時期のロシアは、北清政変に乗じて満州全域を占領し、親露派が政権を握った韓国をも事実上の保護国にしてしまっていた。このままでは国家の存亡に関わる。日本は満韓交換論などの解決策を何度となく提案するがロシアの態度は変わらなかった。もはや祖国を救うにはロシアとの開戦は避けられない。そこで勃発したのが日露戦争である。開戦すると陸軍はただちに黒木為禎大将率いる第一軍を朝鮮半島に、奥保鞏率いる第二軍を遼東半島に派兵し、進撃していった。ここ旅順は当初海軍によって攻められていたが、完全に要塞化された旅順を海から攻めるのは不可能に近いことだった。そこで陸軍の第三軍が陸上から旅順攻略の任に当たるのであった。司令官に乃木希典大将、参謀長に伊地知幸介少将という布陣である。旅順はこの第三軍の舞台となる。第三軍は当初、旅順要塞を正面から突破しようとこの地を攻めていた。その際に攻めていたのが、この東鶏冠山北堡塁である。ここで日本軍は4ヶ月以上も死闘をしたのである。しかし、10万発以上の大砲撃を加えるも我が軍は全滅。戦死者5千、負傷者1万人という世界史上に残る大損害であった。東鶏冠山北堡塁には今でも塹壕跡や堡塁に生々しく弾痕が残っている。まるで蜂の巣のようになっていて、戦闘の激しさが伝わってくるようであった。ここまでの激しい戦いをされた先人たちに自然と頭がさがる思いであった。
次に訪れたのは203高地である。第三回総攻撃で作戦の軸足は正面突破から203高地に移され、以後はこの地が攻防の舞台となった。頂上からは旅順港が一望でき、ここから砲撃を加えるためである。しかし、その戦闘も激しさを極めるものであった。死者一万五千、負傷者四万四千という日露戦争最大の激戦地となったのである。当時の203高地には日本兵士の死体が累々と折り重なり、その上を別の兵士が乗り越えて戦っていたという。戦闘には時折、両軍合意の休息があり、死体を収拾する時間があった。そうでもしないと死体の山で戦闘すらできないのであった。これは日本の独立を守るべく戦われた戦争。いかに過酷であったかは想像に難くない。中腹には乃木大将の次男保典少尉のお墓もある。墓前に立ったとき私には込み上げてくるものがあった。先人たちの犠牲で今の時代があるということを感じないわけにはいかなかった。今は国外と言えど、ここは日本人にとって聖なる場所である。先人たちに感謝し、しばらく手を合わさせてもらった。
最後に水師営の会見場に行った。結局、203高地は乃木大将から指揮権を譲り受けた児玉源太郎総参謀長により落とされた。28センチ榴弾砲を使って攻めるという常識をやぶる作戦が見事に効果をあげたのである。遂にロシアは降伏した。そして、1月5日に乃木大将とステッセル将軍がここ水師営で会見を行なったのである。乃木大将が武士の名誉を保つということでステッセル将軍に帯刀を許したという武士道の精神を象徴するエピソードが有名である。中には写真や資料が展示されていて、当時を想像しながら見学させてもらった。
現在の平和な日本。それは先人たちの貴い犠牲の上に成り立っている。先人たちは国の威信と存亡を賭けて命懸けで戦ってくれた。まさに現在の平和な日本は先人たちの贈り物なのである。一方の我々はどうであろうか?子孫にどのような社会を残すことができるのだろうか?先人たちに天国で怒られないように、この社会を立派に子孫たちに引き継がなければならない。そう決意を新たにし、私は旅順を跡にした。
つづく
写真はこちらから→http://blog.livedoor.jp/genki_eguchi/
<参考文献>
渡部昇一著『昭和史』(ワック出版、2003年)
司馬遼太郎著『坂の上の雲』(文藝春秋、1969年)
黄文雄著『満州国の遺産』(光文社、2001年)
水島吉隆著『満州帝国の戦跡』(河出書房出版、2008年)