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2008年9月29日 (月)

映画鑑賞記

148492_hyakuhachi_ga03 Medium 510  今月初めに、2本の映画を見た。今日はその感想文を書いていきたい。

 まずは『ひゃくはち』という映画。この映画は甲子園の常連校の控え部員にスポットライトを当てた映画である。主人公の二人はベンチ入り当落線ギリギリの選手。その二人の日々の葛藤を見事に描いた作品であった。自分の練習を取るか、チームへの貢献を取るか?レギュラーと控えの意見の違い、確執、あいつがケガすれば出れるのにと思う気持ち、それでも最後は勝ちたい、笑って終わりたいと思う気持ち、支えてくれた仲間への感謝…。私もずっと控え部員だったので、これらの気持ちは痛いくらいわかる。最後は思わず涙を流してしまったほどであった。

 ヒーローを求め、控え部員が黙殺されるこの時代。エースや天才打者を題材にしたドラマなら腐るほどあるが(…というか、見る気にもならない…)、よくこんな映画が世に出たなと思って本当に感心してしまった。

 そんなときパンフレットにあった森義隆監督のプロフィールを見ていたら納得した。なんと森監督も元高校野球の控え部員だったのだ。パンフレットに寄ればこの作品を作ったきっかけは2年前の夏の甲子園の早実の斎藤佑樹君インタビューにあったようだ。斎藤君が「ベンチに入れなかった仲間への感謝」を語った次の日の新聞の見出しが、「ハンカチ王子は仲間も思いやれる優等生」と書いてあったことに憤りを感じたことがきっかけだったようである。世の人は彼の発言の裏にあるもっと重いものを理解していない。死ぬような思いでやってきたのにも関わらず、ケガや構想外などの理由で戦線離脱していった同級生。そんな同級生が最後はチームの勝利のために懸命に自分たちレギュラーメンバーを支えてくれた。そうした同級生を見て自然と語った言葉であるはずだ。どうも高校野球は誤解されている。それが原点であった。

 レギュラーばかりが注目されがちなスポーツ界。しかし、控え部員の方が余程たくさんのドラマがあるのである。彼らの一球一打に生死をかけた戦いに私は拍手を送り続けていきたいと思う。

 続いて『ラストゲーム』。こちらは我が慶大野球部の先輩たちが1943年10月16日に早大・戸塚球場で行なった伝説の一戦を題材にした映画である。舞台は大東亜戦争中の1943年。野球は「敵国のスポーツ」とされ、軍部に弾圧されるようになっていた。4月には文部省が東京六大学野球連盟に解散を命じ、5月20日には慶早戦も中止になる。神宮球場も使用不可能となり、野球をやること自体が困難になっていた。そんな最中の9月21日、東条英機内閣は学徒出陣令を出した。戦場に行けば生きて帰れない。当時の塾長であった小泉信三先生は「せめて彼らに生きた証を残してやりたい」と考え、慶早戦を強行開催する案を提案したのである。しかし、この案に早稲田の田中穂積総長が反対。軍部の目を気にしていたのと、「こんな非常時に野球どころではない」というのが理由だった。早大側の返事を聞いて、塾野球部の選手たちは、悲しみに暮れた。そして、最期の一時を家族と過ごしたいと帰郷していったのである。そんなときに電報が届いた。早大野球部の飛田穂洲顧問が強行開催に踏み切ったのであった。飛田先生は、大学当局の反対をも押し切って開催に尽力されていたのであった。試合は練習不足の慶応が早稲田に完敗。しかし、両校の選手は達成感で溢れていたそうである。そして、「次は戦場で会おう」、その言葉を最後に出陣。中には特攻隊で散っていった者もいたのであった。

 私はこのエピソードを入部と同時に前島部長や鬼嶋監督から聞かされ続けていた。慶早戦。毎年3万人近くの観客を集め、世界三大学生対抗戦の一つにも数えられている(オックスフォードとケンブリッジのボート、ハーバードとエールのアメフト、慶應義塾と早稲田の野球)。大学日本一を決める試合でも何でもない慶應義塾と早稲田の対抗戦がなぜここまでの試合になったのかがよくわかるエピソードである。先輩たちが懸命に築き上げてきた土俵だからこそ慶應義塾は輝き、またこれからも輝き続けていくのである。こんな歴史と伝統のある環境で野球をやらせてもらったことに感謝し、そのことに誇りを感じた瞬間であった。今後も慶應義塾の塾員らしく生きていきたい。

2008年9月28日 (日)

「失言」とは?

 マスコミによる言葉狩りに辟易している。中山成彬国交相が「日教組解体」、「成田ごね得」などの「失言」の責任を執るという形でとうとう辞任に追い込まれてしまった。

 最近、この国に言論の自由はあるのかと、ふと思うことがある。政治家の発言はマスメディアを騒がし、社会問題へと発展する。こうした「失言」は過去にも世の話題を独占してきた。石原慎太郎都知事の「支那」発言、「三国人」発言、江藤隆美元総務庁長官の「日韓併合時代の日本は善政も布いた」、西村真吾議員の核保有発言、永野茂門法相の「南京大虐殺はでっちあげ」発言、森喜朗元首相の「天皇を中心とした神の国」発言、最近では中川昭一議員の核保有発言…。

 誤解を恐れずに言えば、これらの発言が失言などとは私は微塵も思っていない(…というか、よくぞ言ったという感じ…)。「失言」と断定する前に日教組についてきちんと調べあげたマスコミはどれだけいたのか?成田空港がアジアのハブ空港になるメリットや経済効果をきちんと考えたマスコミはどれだけあったのか?その辺を世に問いたいものだ。(過去の失言に関しても同様。核保有のメリットとデメリットや南京大虐殺についても考えていかなければならない)

 確かに発言の内容や時期に軽さを感じるところも少なくない。しかし、そうした言葉尻だけで挙げ足をいちいち取っていたのでは政治家は勤まらないのではないだろうか。耳障りのいい言葉だけを言って何もしない政治家と、少々失言癖があるが、立派な政策を実行する政治家のどちらが良いのだろうか?言葉尻だけでなく、政策と実行力で政治家を選ぶ日はいつ来るのだろうか。我々が率先してそういう社会を作らなければならない。

2008年9月 7日 (日)

都市対抗 3

082 083  昨日も都市対抗を見に東京ドームに行ってきた。慶大野球部の先輩合田さん、同期の金森と岡崎、聖望野球部後輩の前川の所属するJFE東日本。対するは慶大野球部の先輩の清見さんと池辺さん、後輩の宮田の所属する新日本石油ENEOSである。この2チームの対戦とあって東京ドームまで駆けつけた。

 試合開始は18時。池辺さんは4番指名打者で、金森は3番センターで、岡崎は8番キャッチャーでスタメン出場だった。

 両チームの先発は木戸と松村。試合は素晴らしい投手戦となった。5回にはJFEが岡崎のレフト前を皮切りに2死1、2塁のチャンスをつくるが得点なし。6回にも金森の右中間を真っ二つに破る2ベースから1死1、3塁のチャンスをつくるが、これも得点なし。その裏には今度は、ENEOSが池辺さんのライト前から2死3塁のチャンスをつくるが、これも得点なしに終わった。7回にはJFEが山場をつくる。岡崎がレフト線にヒットを放ち(ここで代走に前川を起用)、ここから1死満塁の大チャンスをつくる。ここでENEOSは好リリーフを見せていた清見さんに代えて田澤を起用。金森を148キロのストレートで三振に、佐藤をピッチャーゴロに仕留めて無失点に抑えた。7回表まで両チーム無得点。互いの投手陣が持ち味を発揮する素晴らしい展開となった。

 試合が動いたのは、7回裏。山岡の内野安打と樋口の送りバント、須藤のセンター前で1死1、3塁。ここで東芝から補強選手で2番に起用された平馬がセンターに犠牲フライを放ち、サードランナーが生還。ENEOSが先制点をあげた。

 今日の田澤の出来からすれば、この1点で十分。このままENEOSが逃げ切り、1対0でJFE東日本を下し、ベスト4進出を決めた。

 残念ながらJFE東日本は負けてしまったが、日本選手権での大活躍を期待したいと思う。ENEOSには是非とも優勝目指して頑張ってほしい。試合後は、野球部と応援指導部の同期と再会し、飲みに出かけた。大学の4年間の苦楽を共にした仲間と久しぶりに話せて本当に楽しい時間を過ごせた。慶應の同期は不滅(金森談)ということでこの日記を締め括りたい(笑)。

2008年9月 1日 (月)

都市対抗 2

023 036 039 064 065  昨日に引き続き、今日も都市対抗を見に東京ドームへ行った。昨日の試合を見て、どうしても今日も見たくなったのである。朝から昼休みも取らずに猛烈に仕事をこなし、定時のチャイムが鳴った瞬間パソコンを閉じ、一目散に走って、見に行った(…世に言うダメリーマン…汗)。

 観戦の目的は、慶大野球部の先輩の清見さんと池辺さん、後輩の宮田の所属している新○本○油ENE○Sの応援である(汗)。横浜市代表のENEOSと高松市代表のJR四国の試合は、午後6時にプレイボール、池辺さんは4番レフトでスタメン出場だった。

 試合は序盤からENEOS優位で進んでいく。初回に坂下の犠牲フライで先制すると、2回には2死1、3塁から樋口の1・2塁間を破るタイムリーで1点、3回には2死2塁から柳田のレフト前で1点、5回には2死1、3塁から樋口のセンター前で1点と完全にENEOS優位で試合を展開していった。投げても先発の田澤が6回にソロを浴びるも、5回まで完全試合、MAXも149キロと完璧な内容。素晴らしい試合運びだった。

 しかし、私にとってこの試合の最大の見せ場は8回と9回。1死から敵失で出たランナーに代わって、代走・宮田が告げられた。そして、バッター宮澤の2球目にスタート。見事に盗塁を成功させた。9回には清見さんがマウンドにあがる。2人の走者を出したが、見事に0で抑えた。MAXも144キロ、スライダーも健在だった。

 5対1でENEOSが勝利。やっぱり野球は楽しい。しかも、一緒のチームでやってきた選手の活躍ほど嬉しいものはない。今後もずっと応援していきたい。

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